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Tokyo Metropolitan Assembly

総務委員会 管外視察報告

平成30年5月30日(水曜日)から5月31日(木曜日)
委員長 菅野弘一(自民党)

 平成28年4月14日、16日と二度にわたり、最大震度7の地震が襲った、平成28年熊本地震(以下「熊本地震」という。)は、その後の震災対応に大きな課題と教訓を残しました。

 都では、首都直下地震の切迫性が指摘されており、これまでも、地震の発生に備えた準備を着実に進めてきているところですが、熊本地震での課題などについては、十分に分析・検証し、都の防災対策をさらに強化していく必要があります。

 そこで、防災・危機管理を所管する総務委員会では、このたび、5月30日から31日にかけて、熊本地震に関する視察を行いましたので、その概要をご報告いたします。

熊本県庁

 30日は、初めに、熊本県庁を訪問し、まず、熊本地震の概要並びに復旧・復興の状況について、説明を聴取しました。

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 熊本地震では、最大震度7の地震が28時間という短期間に2回も発生しましたが、これは観測史上初となるもので、余震が非常に多く発生し、避難所への最大避難者数は18万人を超えたとのことです。

 震災での死者は264人で、うち関連死が214人と過去の震災と比較して多く、また、建物の全壊・半壊など住家被害が多かったのが特徴的との説明がありました。

 臨時に設置された避難所は、震災後約半年で全て閉鎖されましたが、県内では、現在もなお1万5,000世帯、約3万5,000人の方々が仮設住宅での生活を余儀なくされているとのことです。

 熊本県では、現在、住まいの再建や道路の復旧など、特に県民生活に深く関わるものを中心に、復旧・復興に向けた取組を進めているとの説明がありました。

 次に、熊本地震への対応に関する、県としての検証内容について、説明を聴取しました。

 発災後の行政の業務継続については、県内の8市町村で、庁舎の破損などにより庁舎の全部又は一部が使用不能となったとのことで、業務継続計画(BCP)の策定や、災害対応の拠点となる庁舎整備の重要性についての説明がありました。

 物資支援については、熊本地震では、被災地の要請を待つことなく、国の判断で早期に支援物資を届けるという「プッシュ型支援」の方法が採用されましたが、この方法による支援が有効であったとのお話がありました。他方、課題としては、物資の仕分けや管理のノウハウの不足などにより、市町村の集積拠点に支援物資が滞留したとの説明がありました。

 説明聴取の後は、委員から、市町村における関連死の認定審査について、政令指定都市である熊本市との関係について、災害廃棄物の処理についてなど、質疑が行われました。

熊本城復旧工事現地

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 次に、熊本城復旧工事現地の視察を行いました。

 熊本地震により、熊本城は、重要文化財建造物である建物の倒壊など、大きな被害を受けました。

 熊本市では、本年3月に、熊本城復旧基本計画を作成し、現在、復旧作業を行っています。

 当日は、飯田丸五階櫓、天守閣、宇土櫓を回るルートにより、現地を視察させていただき、熊本市の方から説明を聴取しました。

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 城内の石垣は、既に崩壊している箇所や、地震により膨らみ湾曲して崩れそうになっている箇所が至る所で見受けられ、モルタルの吹き付けや、ネット・大型土嚢の設置による崩落防止措置が施されていました。

 これらの石垣の復旧に当たっては、地震直前の状態に戻すことを原則として、場合によっては、一つひとつ積み上げ直す作業が必要になるとのことでした。

 大天守・小天守から成る天守閣も、地震により、大天守6階の瓦のほとんどが崩落し、大小天守の躯体が損傷、石垣も崩落するなどの被害を受けました。

 熊本市には、「熊本のシンボル」である熊本城の1日も早い復旧を望む、市民・県民をはじめ、全国の方々の声が寄せられているとのことです。

 2019年には、熊本でも国際スポーツイベントである、ラグビーワールドカップが開催されます。熊本市では、これに間に合うよう、来年の秋頃までの大天守の外観復旧に向けて、全力で取り組んでいるとの説明がありました。

南阿蘇村役場・阿蘇大橋崩落現地

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 翌31日の午前は、南阿蘇村を訪問しました。

 南阿蘇村は、熊本地震により、大規模な土砂崩れが発生し、阿蘇大橋の崩落に象徴される交通インフラの寸断など、甚大な被害を受けました。

 阿蘇大橋は、熊本市内から延びる国道と、阿蘇地域につながる国道を連結する形で黒川に架かっていた橋で、まさに村の「交通の要衝」であった橋です。

 阿蘇大橋の崩落などにより、村は、熊本市内と切り離され、一時「陸の孤島」のような状態になったそうですが、その際には、大分県側からの支援が大変ありがたかったとのお話がありました。

 九州地方知事会では、熊本地震の発災前から、被災自治体ごとに支援担当県を割り当てる「カウンターパート方式」が採用されていたそうです。この「カウンターパート方式(対口支援方式)」を活用した支援制度は、今後の大災害の際にも活用が期待されているものです。

 そのほか、発災後の村の対応や連絡体制、インフラの復旧などについても説明を伺い、ここでの予定時間をかなりオーバーして説明を聴取させていただきました。

 南阿蘇村役場でご説明を伺った後は、阿蘇大橋崩落現地の視察をさせていただきました。

 当日は、あいにくの天候に見舞われ、視界一面に霧がかかっている状況でしたが、山の斜面から崩れ落ちた土砂が沢を埋め尽くしている、大変痛ましい光景が眼前に広がっていました。

 この場所は、熊本地震で最後まで行方不明とされていた大学生が、ご両親の必死の捜索の結果、4か月後にご遺体で発見された場所でもあります。委員全員で謹んでご冥福をお祈りし、黙祷と委員長より献花を捧げさせていただきました。

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益城町役場・布田川断層帯地区

 31日の午後は、益城町を訪問しました。

 益城町は、熊本地震の本震を引き起こしたとされる、布田川断層帯が町の中心部を横断していることから、町内の約98%の家屋が倒壊などの被害を受け、南阿蘇村と並んで最も被害が大きかった地域です。

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 益城町では発災後、電気・水道・ガスなどのライフラインが停止し、町役場の庁舎も倒壊寸前になり、行政機能が停止に追い込まれたそうです。

 町役場で備蓄していた非常用電源も被災で使えなくなり、情報の送受信ができなくなったことから情報が錯綜し、避難者が役場に殺到するなど、大混乱に陥ったとの説明がありました。

 また、余震が4,000回以上も発生したことから、避難所に避難できず、自宅の軒先や車中泊で避難する人も多かったそうで、避難者の全容把握や救援物資の配布が困難であったとの説明もありました。

 益城町では、町長、町議会議長にもご出席いただき、行政のトップとしての情報収集や、適切な判断・職員への指示の重要性など、貴重なお話を伺うことができました。

 説明聴取の後は、委員から、被災住民対応を行う職員のストレスに対する支援について、子どもたちの心のケアについてなど、質疑が行われました。

 益城町役場でご説明を伺った後は、布田川断層帯地区の視察をさせていただきました。

 ここでは、地震による地面の変動により、畑の畦がクランク状に大きく横ずれした現場を視察し、熊本地震の規模の大きさを改めて感じることができました。

 布田川断層は、本年2月に国より国天然記念物としての指定を受けており、益城町では、災害遺構として後世に遺していきたいとの説明がありました。

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 以上、2日間という非常に限られた日程ではありましたが、熊本地震に関する被災自治体の取組について、直接ご説明を伺い、現地を視察できましたことは、大変、貴重な機会となりました。こうして得た成果については、今後の委員会活動を通して、都政へと役立ててまいります。

 今回の視察中、各所において、都のこれまでの支援に対するお礼のお言葉と、「被災地に来ていただいてありがとう。」との大変ありがたいお言葉を頂戴しました。

 私たちは、熊本地震の被災地のことを決して忘れてはなりません。今回の視察を通じて、今後も被災地支援に継続的に取り組んでいく重要性を実感したところでございます。

 あらためまして、被災されました方々の生活が早く元に戻りますように、被災地の1日も早い復旧、そして復興が成りますように、心からお祈り申し上げます。

 最後になりますが、熊本県、熊本市、南阿蘇村及び益城町の皆様には、ご多忙の折にもかかわらず、懇切丁寧なご対応をしていただき、また、帰京後も追加でのご質問に対し、メール・Faxなどで大変丁寧にご対応いただきました。この場をお借りいたしまして、厚く御礼を申し上げ、視察の報告といたします。

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